2015年12月24日木曜日

アメリカ・ロングトレイルにおけるドネイション(寄付)~TTKのルール~

アメリカでロングトレイルを歩いていると、ハイカーを支えるシステムに出会うことがある。
泊まれる場所や食事などにありつけるのだが、寄付としてお金を出すことになっているケースがある。これが日本人としては難しい。いくら出せばいいのか、あるいは出さなくてもいいのか。
どうしたらいいの?と他のハイカーに聞いても、「いやあ、なんとなくだよ。寄付なんだから」と言われるばかり。明確な基準がないからかえって困る。
AT(アパラチアントレイル)を歩き始めのころ、教えてくれ見本を見せてくれと周りに聞きまくっていたら、唯一がんばって答えてくれたのが「トゥインキー・ザ・キッド」というハイカーだった。もちろんコレはトレイルネームだ。長いのでTTKと略させてもらう。彼は当時30歳になったばかりだったが、トレイルの経験は豊富だった。ちなみにトゥインキー・ザ・キッドというのは、アメリカでは有名なお菓子のキャラクターである。

TTKはスルーハイカーではなく、あえて言うなら超ロングディスタンスハイカーだった。その頃の彼はなるべく長く野外で過ごしたかったようで、その舞台としてATを利用していた。それでも毎日歩いて移動する。山の中でひとところに何ヵ月もじっとしているより、ハイカーとして動いたほうが楽しいそうだ。面白いハイカーとも出会えるし、ハイカーを支えるシステムも利用できる。
彼に関してよく覚えているのが、ステンレスの鍋を持っていたことである。近頃、ハイカーの鍋はほとんどアルミかチタンなのに、だ。そして彼は鍋を中心から少しずらしてストーブに載せ、毎日少しずつ位置を変えていた。 なぜかと聞いてみたら、近頃の鍋は軽量かつペラペラで、使いすぎて穴が開いてしまったことがあるからだという。いかに彼が長期間、野外で過ごす人間なのかがよく分かる。

それはともかく、経験豊富な彼が「寄付するなら」としとて示してくれた基準は、ざっくりまとめると以下のようになる。

1、町に宿泊できたら、たとえ庭キャンプでも5ドル。
2、食事が出たら、簡単なものでも5ドル。
3、こちらの都合で送迎(車で)してもらったら5ドル。
4、そのほか、何か得るたびに5ドル。

5ドルというのは「小額の現金」という意味で、無ければ3ドルくらいでもかまわない。アメリカには日常的にチップを払うという習慣があるが、高級なサービスを利用した時を除けば、ほとんどのチップは1件当たり2~5ドルに収まる。その、"小額のお礼一回分"を置いてくるのが望ましい、ということだった。

ATには、ハイカーが泊まれる場所としてガイドブックに載っているけど商業施設ではない、というようなところがたくさんある。教会が運営したりしているのだが、ガイドに「Donation appreciate(寄付歓迎)」などと書いてある。これは、維持費として金を払ってくれと言っているのに等しい。寄付だから払わなくてもいいのかというと、そんなことはないのだ。中には寄付なのに金額を明示しちゃっているところもあり、自分が見た中では素泊まり一泊で最安が3~4ドルだったと思う。寝床は板と2X4材のいかにも手作りで、ハイカーは自分のマットと寝袋を使う仕組みだった。

自分が最初に「泊まって寄付」をしたのは、AT南端に近い「ブルーベリー・パッチ」という"宿"だった。家主のゲイリーは神父だか牧師で、ハイカーの善意の寄付によって宿泊施設を運営しているのである。 家の庭はほぼ農場で、ロバが寄ってくる柵の近くに掘っ立ての小屋があった。中には手作りの2段ベッドや3段ベッド(初めて見た)が詰め込まれており、水周りは少し離れた別の小屋だった。だから夜中トイレに行くのは大変だったし、シャワーもなかなかのボロさだった。しかし、車でトレイルまで送迎してくれるし、洗濯物を籠に入れて出すとゲーリーの奥さんが洗って畳んで返してくれるようになっていたりして、優しさあふれる宿として知られる名所だった。そして朝にはハイカーは、カントリー調でとってもオシャレな彼らの家に招かれ、そこらのレストランよりよっぽど素敵な朝食をいただけるのである。
そのとき自分は悩んだ末、20ドル札を一枚置いてきた(朝食時に封筒に入れ、皿の下に置いてくるシステムだった)。あとでTTKにどう思うか聞いたところ、「フェアな金額なんじゃないかな」と言ってくれたのでほっとした。

ブルーベリー・パッチの外。
ブルーベリー・パッチの中。こんな3段ベッドがいくつも。














PCT(パシフィッククレストトレイル)では、寄付の金額をめぐって他のハイカーたちと議論することができた。ハイカーを助けてくれる「トレイルエンジェル」の家について、PCTで最も読まれているガイドブック(Yogi's PCT Guidebook)が、一泊したら20ドルほど置いてくるように書いているのだ。元ATハイカーを中心に、「ちょっと高いんじゃないか」とか、「この金額だと、善意ではなく商売になってしまう」という意見が多い。

自分もただ単に庭でキャンプの時は、5ドルくらいで良いようにも思う。しかし、名所化するようなPCTのエンジェルハウスは結構な田舎にあることが多い。彼らの活動なくしてはハイカーが何も得られないような街だからこそ「助けてやろう」と思う人たちが出てきたとも言える。
こういった家は住所を公開し、ハイカーの荷物を受け付けている。おかげでハイカーは家族にギアを送ってもらえたり、スーパーも無いような田舎町で、使い勝手の良いインスタントフードやエナジーバーを手に入れられる。また、アメリカという国の常識として、どんな家でも保険に入るという事情もある。見ず知らずのハイカーが毎年数十人(最近は100人を越えることも多い)も訪れ、家の設備を使っていくとなると、通常の火災保険や盗難保険に入れないという問題もあるのだ。

PCTの名所の一つ、「カサ・デ・ルナ(月の家)」での食事


コレは、少し多めに寄付しなければ(笑)













そんな事情も考えて、また送迎をしてもらえることもあるし、実際には自分はもう少しイロをつけてくることが多かった。つまり、大体の場所で一泊あたり10ドルか15ドルを寄付してきたのだ。もちろん食事が出たらもうちょっと足したし、また逆に現金が無いから二泊したけど10ドルで勘弁してもらおうなんてこともあったわけである。
周りを見ると、カネの無い学生なんかは素泊まり二泊で5ドルとか、前の街で寄付しなかったからココでは5ドル置いていこうとか、無いなりにやっていた。一方で、経済的にゆとりがあるハイカー(引退して悠々自適のおっさんとか)は、素泊まりでも20ドル寄付していたりした。それで良いと思う。トレイル全体で、システムとして維持できれば良いわけである。
自分も年とともに、気前よく寄付を弾んでいかねばなあと思う。もうちょっと稼いだら、また来てもっと寄付するよ!と言い残してきた場所が多すぎる。個人的にはまだしばらく、システムにぶら下がる側が続きそうだ。
ともあれそうやってゆとりがあるハイカーが多めに出し、若くてカネは無いけど時間はあるようなハイカーたちのためにトレイルの環境を維持する。自然も、ハイカーを助けるシステムも含めてだ。その若いハイカーたちも、いずれ多めに出す側に回るだろう。そうして「持続的な利用」がされて、ロングトレイルという仕組みは上手くまわっている。その仕組みを見て、参加するだけでも面白い。

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