2016年12月12日月曜日

ドイターACTライトとオスプレー・タロンを使ってみて




ここ数年、バックパックはドイターのACTライトを使ってきた。
今年、初めてオスプレーのタロンをそこそこの日数(ハイクは連続12日間)使ってみたので使用感など。


自分はドイターのACTライトを愛用している。分かりやすい利点としては、それほど重くないわりに丈夫でタフに使えること。長旅では重要なポイントになる。また、細身なので腕の振りを妨げない。これは、自分はトレッキングポールを使って体を押し上げたりするので、ヒジを大きく後ろに出すことがあって、その邪魔にならないということ。他には背中が蒸れない(エアコンタクトシステム)し、背面長がかなり自由に調節できる(バリクイックシステム)などが挙げられる。
2012年まではACTライト65+10を使っていた。ATやPCTでは、長めの時で「次の街まで5泊ぐらい」の区間がある。自分はスナックも含めて食料を多めに運ぶし、水場が少ない区間ではサイドポケットだけでなくバックパック内にも水を入れる。容量が多いに越したことはない。たまにだけれど水と食料だけで10kgを超えることもあるので、必然的にバックパックはフレーム入りを選ぶようになる。2000gを切るパックを、という選択だった。
しかし、ギアの小型軽量化を少しずつ進めたり、アメリカの食料事情に詳しくなってコンパクトなモノを選べるようになったりした結果、ワンサイズ小さなACTライト50+10に乗り換えた。だいたい60L(リットル)、というのはアメリカのロングディスタンスハイカーにとって最もポピュラーなサイズだと思う。
Deuter ACT Lite 50+10
重量 : 1730g
サイズ : 75cm(高さ)×32cm(幅)×26cm(奥行き)
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上下の気室を分ける隔壁も開くことができる
2015年CDTで、9日分の食料を詰めたところ。ほぼ限界(笑)
分かりにくい利点、というか好みの問題であるポイントもあって、自分は「荷物の重心を高く」という教えの信奉者である。ACTライトは二気室で、下側から上の気室にもアクセスできる。出し入れに便利であるほか、自分は荷物が少なくなると上の気室だけに荷物を集め、重心を高くするようにしている。さらに脇のストラップで気室の厚みを調節できるので、より背中近くに重心を持ってくることができる。

重心を高く、肩の後ろになるべく重さをというのはパッキングの基本だが、「重心が高いと、体が荷物に振り回されてしまう」というハイカーは結構多い。このタイプは1気室のバックパックを好み、意図的に腰近くで重さを感じるようにするらしい。



一方のタロン。「アメリカのロングトレイルでは、どんなバックパックが人気なの?」と聞かれたら、自分は迷わずオスプレーのエクソスだと答える。日本には「アメリカではみんなウルトラライト」という勘違いもあるようだけれど、超軽量派はマイノリティだ。山に入ればグレゴリー、ケルティ、そしてドイターやオスプレーのがっちりしたタイプのバックパックだらけで、合わせればゴッサマーギアやらハイパーライトマウンテンギアの数を足したより絶対多い。
しかし、数ヵ月もかかるようなロングディスタンスのハイクをしていると、バックパックを買い変える奴が出てくる。そこで「重いタイプから少し軽いタイプへ」乗り換えるハイカーが新しく選ぶのが、見ているとほぼオスプレーのエクソスだ。暑さが嫌われるアメリカのハイク界で現在バカ受けの、背中側にメッシュパートを設けて通気を確保する構造。一気室でトップリッドは取り外し可能、アルミフレームがついて重量が1.1kgほど(サイズにより違う)だが推奨パッキングウェイトは18kgまでとかなり大きい
。REI(アメリカ最大級のアウトドアチェーン)が独自ブランドで出しているフラッシュというバックパックが「エクソスにそっくりだ」といって選ばれることもある。ある程度の軽さと、長期間使用に耐える丈夫さのバランスを考えるとこうなるのだろう。

ただ、自分は上からしか内部にアクセスできない構造に不満があった。そこへPCTで出会った「コイツは凄ぇな」と思ったハイカー2人が、会ったのは別々だけれど、共にタロン44を使っていたので試してみた。一気室だがボトムもガバっと開くことができ、他はまあまあエクソスに似ている。
タロンは小さい(44Lが最大のモデル)から大型バックパックと違って、背面長自体があまり長く取れないが、調節はできるようになっている。ショルダーハーネスの上端が縫い付けられている板状のパートが、本体とベルクロ(マジックテープ)で止められている構造で、ずらせば無段階の調節が可能だ。

Osprey Talon 44
重量 : M/L=1090g(S/Mは1050g)
サイズ : 71cm(高さ)×30(幅)×28cm(奥行き)(M/Lサイズ)
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ボトムストラップにテントを着けてみた。その分、内部は広く使える。


オスプレーのバックパックは大体、ボトムにマット用のストラップがある。最初食料が多かったのでテント(1.2kg)をボトムに着けて歩いてみたが、やはり重心が体から遠く、低くなって自分の好みじゃない。そこで幕体とポールを分け、ポールは水のボトルと一緒にサイドポケットに入れ、幕体は本体最下部に収めて下から出し入れするようにした。「凄ぇ」2人も実はテントをそうしていて、彼らはこのストラップにウレタンマットを着けていた。 ちなみにエクソスのストラップは着脱できる細くて華奢なもので、それに比べるとタロンのストラップは幅広でしっかりしているが、それでもあまり重いものを着けないほうがよさそうだ。こういうボトムストラップはドイターでも複数モデルにあり、最近ACTライト65+10にも採用された(自分が使っていた時はなかった)。今後、55以下でも採用されるのだろうか。

アメリカには時々ある縦長のボトル(約1Lでも500mlのボトルと同径)と、テントのポールを一緒にサイドへ。
今回はエアマットを使用したのでマットは本体内とし、ボトムストラップは使わなくなった。



さて、これまでしっかり目のバックパックを使っていたハイカーが「軽そう」なのを選ぶとき、不安になるポイントの一つがヒップベルトである。タロンのヒップベルトは肉抜きされているのが丸見えの構造で大丈夫かと思ったが、瞬間的に総重量が20kg近くなった(水を6L持った)時も問題なく快適に歩けた。
ヒップベルトは体側がメッシュ。外側のポケットもメッシュでできていて、中のパッドの隙間から透かして見える。
背中に当たるパートには、エクソスと違って波型のマットが入っている。エクソスは金属製のアーチにメッシュを張り、背中に荷物が当たらない構造になっているが、20kg越えを時に背負う身としては、マットのほうが安心感がある。ACTライトよりは少し背中が温かいか。
オスプレーでは最近、Voltというモデル(60Lと75Lがある)にこの波型マット+メッシュを採用した。ヒップベルトはもっとしっかりした形状だが、全体的にタロンと同じような見た目である。半年間のハイクなら、容量も考えてVoltのほうがいいかもしれない。ただしVolt60は1780gあるから、ACTライトより軽いというメリットはなくなる。

細かい話としては、自分はバックパックの前面にカメラケースやらボトルホルダーをくくりつけているので、タロンやエクソスではそれが難しいという点を挙げたい。ショルダーハーネスが細身な上、なんというか構造がシンプルじゃないのだ。

左のタロンにはポケットやポールホルダーがあり、アレンジは難しい。
ちなみにポケットにスマホはまず入らない。


総論として、タロンは見かけは華奢だが、充分にロングトレイルの長期使用に耐えるバックパックだと思う。しかも軽い。ストラップなどの使い心地に不満、または単に自分が不慣れな部分があるが、3泊までの区間が続くなら選択肢のトップに来そうだ。もう少しタロンの容量が大きければ、軽さに重きを置いて(笑)ACTライトから乗り換えてしまうかもしれない。


トップリッドが取り外し式なので、トップに荷物をくくりつけるとこうなる。


2016年11月9日水曜日

大統領選をハイカーが考察してみる

1、大統領選の投票率はせいぜい50%台。だから接戦なら浮動票でひっくり返る
2、そもそもオバマ(民主党)はアメリカでそれほど人気が高くない
3、共和党支持者は「オバマ的」な政策が嫌い
4、政党支持者の一部逆転現象が、票読みを難しくしている






とうとう大統領選。もつれてますねえ。
ここしばらく日本のメディアは「嫌われ者同士」などと繰り返し、トランプのどこが支持され、ヒラリーのどこが支持されないのかの説明に躍起だったと思います。
でもねえ。それって根本的に、トランプのどこが(こんなにも)支持され、ヒラリーのどこが(そんなにも)支持されないのか、って話ですよねえ。ほとんどの日本人が「いくらなんでもトランプはないだろう」と思うのに、選挙の見通しはいい勝負になっちゃってるって理解できないから説明してるということなんですよ。ニュースをよく見ないヒトの中には今でも「ヒラリーが勝って当たり前」と思ってる向きも多いのではないでしょうか。
これはメディアが悪いと思います。トランプとヒラリー、個人を語るだけでは説明できない、アメリカならではの事情があるのです。
ハイクには全く関係ありませんが、そして知ったかぶりの極みですが、アメリカのど田舎を散々歩いた日本人としてひとつ考察してみましょう。


まず大前提として、大統領選の投票率。日本でテレビを見ていると、長期間にわたって取り上げられることもあり、アメリカ国民はものすごく選挙に対して盛り上がっているような印象を受けます。しかし、長期間に見えるのは民主党・共和党党内の候補者指名が難航する様子が注目されるからで、実際には国全体がそんなに熱中しているわけではありません。選挙に対して醒めている層というのはどこの国にも存在します。しかし今回の選挙ではトランプの暴言・失言とクリントンの私用メール問題などがメディアを賑わしていて、普段投票に行かない層の「コイツはダメだから対立候補に入れよう」という危機意識が無視できません。だから、大手メディアでも結果を読みきれていないのです。

次に、日本人には「オバマは空前の高支持率を得た」という勘違いがありがちです。これはなんといってもオバマの前のジョージ・W・ブッシュ(共和党。父親はジョージ・H・W・ブッシュ元大統領)が世界的な嫌われ者中の嫌われ者で、民主党が政権を奪還したこと、黒人初の大統領であること、就任直後のノーベル平和賞受賞などの条件が重なったことから無理もないのですが、オバマの支持率はずっと50%前後です。2期目は不支持率が支持率を上回ることが多く、2016年に入って「久しぶりに支持率が不支持率を上回った」ことがニュースになったくらい。ヒラリーは民主党から立候補している時点で、国民の半分近くから支持されないリスクを抱えているのです。

近年、民主党は「社会的弱者に優しい」と言われる政策で支持を得てきました。黒人、ヒスパニック、低所得者層が支持者として挙げられ、ビル・クリントンが黒人たちから強い支持を得ていたことは今なお語り草です。当然、この支持層は8年後のオバマ政権に引き継がれます。
90年代、ビル・クリントン民主党政権は重工業中心だったといわれるアメリカの経済政策を大幅に転換し、インターネット革命を起こすことに成功しました。長年の懸念だった財政赤字を解消し、インフレを起こさず好景気を導いたのに、民主党は共和党に政権を奪われてしまいました。これも、日本から見ると政権末期のスキャンダル(モニカ・ルインスキーとの不倫騒動)ばかりが目立ちますが、そもそも任期のかなりを上院・下院が共和党に取られており、政党としての支持率が共和党に勝てるほど高くなかったといえます。

共和党は「小さな政府」がモットーです。支持層には比較的裕福な白人が多く、高い教育を受けているといわれます。政府の支出を減らし、なるべくなら税率も下げる。それは社会保障が手薄になることでもあり、一種の「自己責任論」にも聞こえます。日本人の多くは、オバマ政権が目指していた国民皆保険制度を「いいことじゃないか」くらいに感じていたのかもしれませんが、共和党支持者からはそれは悪夢と称されるほど抵抗があるものなのです。そもそも、この国民皆保険制度はビル政権時にヒラリーが提案したとされる民主党の目玉政策で、絶対に共和党からは支持されません。「移民が毎年入ってくる国で国民皆保険など実施したら、財政が破綻するに決まっている」というのはアメリカで非常に根強い意見で、こういう考えの層を取り込んでいるのが共和党なのです。共和党の考え方の根底に民主党アレルギーがある。これは、相手がどんな候補でも民主党が圧勝できない大きな理由の一つです。

今回の選挙では、支持者の逆転現象も起きました。ヒラリーの高い教育を受け、元弁護士で、元大統領夫人で、国務長官まで勤めたという経歴が、本来は民主党支持者である低所得者層から共感を得られなかったところにトランプの「不法移民を締め出せ」という意見が国内の雇用を確保するとして響いたこと。高学歴の共和党支持者が「トランプは滅茶苦茶な外交をしかねない」と感じること。ビル・クリントンは中間層への減税を行った(高所得者層への税率が下げられていたのは元に戻した)のですが、これが低所得者よりも中間層を優遇したと受け止められたことが民主党にとっては痛手でした。オバマ政権下で失業率は大幅に下がったのですが、低所得者層からはヒラリーの政策が自分たちにとっては後退になる気がする。しかし国内の経済的には成功したビルの弱点は外交だったとされ、それに対してヒラリーは経験十分で堅実な外交政策を取るだろうと高学歴層からは評価されます。

民主党支持者には、Yes, we can !と熱狂的に自分たちが生み出した政権が、期待ほど大きな成果を上げずに終わろうとするむなしさもあるでしょう。「不法移民を締め出せ」というのはトランプに限らず共和党が90年代から掲げてきた政策でもあり、言い方はともかく、それほど不利には働きません。ジョージ・W・ブッシュに勤まったくらいだから、スタッフを揃えればトランプにだって誰だってできるさというジョークもまかり通っています。

外国からはヒラリー有利で間違いなしと思われてきた選挙が、ここまでもつれる理由は個人の資質ばかりによりません。開票の報道から目が離せませんね。

2016年10月23日日曜日

今回のレインジャケット


秋のTRT(タホ・リム・トレイル)ハイクで使用したレインジャケット。昨年のCDTでも使用。
シェルパ(Shelpa Adventure Gear)はたぶん日本では売っていませんが、取り寄せで購入可能なようです。2013年にこのジャケットを購入したとき、ネパールに雇用を生むという近年ありがちなコンセプトにはそんなのホントに上手くいってるの~?と思ったものですが、地震が起きて以降はホンの少しでもいい方向に行ってくれと願うばかりです。
重量500g近いのでハイカーとしてはもっと軽い物を選びたくなるところですが、春秋は雪より始末の悪いみぞれでずぶ濡れってことがよくあるので、真夏以外はジャケットだけでも厚手にするよう心がけています。
素材は本体無記名(ホームページには素材名あり)のメンブレンで一応breathable。それほど高性能な気はしません(笑)。着て歩くと気温によっては汗のほうが問題になるので、厚手レインジャケットには必須の通風口(脇の下)がかなり大きめなことと、胸にウエストベルトと干渉しないポケットが二つあることがハイカーとしてはプラス。もう一つ個人的には、フードが大きくハットの上からかぶれるというのが決定的で、寒めの季節はもうコイツが定番になっています。
近頃は防水・撥水性能が落ちてしまって、スプレーしながら使っています。買い替え、どうしよう・・・

2016年9月27日火曜日

『フリップフロップ』、『ヨーヨー』~用語に見るATとPCTの文化 +鉄人の伝説

アメリカ西部のPCT(パシフィッククレストトレイル)は比較的アップダウンが少なく、東部のAT(アパラチアントレイル)とは一味違った歩き方をするハイカーもいる。



スルーハイク、つまり1シーズン(春から秋まで)でロングトレイルを端から端まで歩くという手法は、いくつかの特殊な進み方を生み出した。
代表的なのが『フリップフロップ』だ。これは特にAT(アパラチアントレイル)で発達した方法で、図にすると(雑ですが)下のようになる。

ATで最も一般的なフリップフロップ。まず南端から中間地点までハイクし、次に車や公共交通機関で北端に移動して、最後に北端から中間地点までハイクする。ちょうど中間の町ハーパーズ・フェリーには駅があり、交通の便が良い。

 なぜこんなことをするのかというと、スルーハイクは長期間にわたるので、季節とどう付き合うかが問題になるからだ。南端から歩き始めるのは、当然雪解けが最も早いから。北端より2ヵ月くらい早く歩き始められる。そして真夏に北端へ移動すればかなり涼しいし、南下してくると中間地点は北端より1ヵ月ほど雪が遅い。単純に北上すると「雪解けから積雪まで」はだいたい6ヵ月くらいだが、フリップフロップにより7ヵ月くらいはトレイルを楽しめる。一応書いておくと、ATはそれほど標高が高くない(最高地点で2,000m強)が、半年も歩くと一回や二回は雪に見舞われることもある。それでも本格的な雪の季節を外し、快適な気候を長く楽しめるということで、スタートからもうこの手法を使うつもりのスルーハイカーが毎年現れる。
さらに、歩いているうちに「どうも自分には6ヵ月で全行程を歩ききれそうもない」と思うハイカーがだんだん増えてくる。ここで面白いのが、ATの北端であるマウント・カタディンは州立公園の中だということだ。この公園Baxter State Parkは入園者を厳しく管理していて、毎年10月中旬には閉鎖してしまう。このまま北上すると閉鎖までに到達できそうもない、と思ったハイカーたちは、交通アクセスのいい場所や、ふさわしいと思える場所から「フリップ」する。そこがゴール地点になるのだ。

ハーパーズ・フェリーには、AT全体を統括する団体ATC(Appalachian Trail Conservancy)の事務局があることから、ゴールにふさわしい地点としてよく選ばれる。



さて、PCT(パシフィッククレストトレイル)には、ATとはまた違った形で進むハイカーたちがいる。地図には上手くはまらないので模式図にすると下のようになる。カリフォルニア南部のモハヴェ砂漠は暑いから後回しにして、他の区間を先に歩いてしまうのだ。
典型的なPCTのフリップフロップは砂漠区間を後回しにするのが目的。進む向きをコロコロ変えるハイカーもいる。

砂漠部分は長く取ってもせいぜい2週間だが、秋の涼しい時期に歩くことにして、その分カナダ国境への到着を早くする。
ここで東西の文化の違いが出る。多くの「ATを知らないPCTハイカー」が、この行為をフリップフロップと呼ぶのだ。するとATハイカーから「ちょっと待て。そいつは『ヨーヨー』と言うんじゃないか?」とツッコミが入る。用語の使い方が違うのだ。
北端に季節の期限を持つATでは、先に北部を済ませてしまうことが大事だから、どうしても前半と後半で向きが逆になる。 だから、ATでも先にある区間を歩いて「行ったり来たりする」ハイカーもいるが、少数派だし別の行為と考えられる。Flipという言葉には、トランプなどのカードを「ひっくり返す」という意味があるのだ。
一方のPCTでは、北端に着くのがいつまで、というような期限はない。むしろ、砂漠を飛ばして北端から南下すると、秋ごろに中央カリフォルニアでシエラネバダの高地を歩くことになる。こっちを夏に歩いたほうがいい。「途中で向きが逆になる」ハイカーはいても少数派で、「行ったり来たり」とひとくくりにしてフリップフロップと呼んでしまうのだ。

だが、片方が少数派だからといって、なぜPCTでは「行ったり来たり」をヨーヨーと呼ばないのか?そこには驚愕の理由があった。年にせいぜい1人や2人くらいだが、PCTには1シーズンに「全区間を往復する」というハイカーが現れる。コレをヨーヨーと呼ぶから、その言葉はもう使えないのだ。

PCTでは「スルーハイクの往復」がヨーヨーと呼ばれる、という状況を決定付けた男がいる。スコット・ウィリアムソン(Scott Williamson)がその人で、彼こそが人類史上初めてPCTを1シーズンに往復して見せた人物だ。PCTスルーハイクのスピードレコードを何度も更新している彼はまた、「サポーテッド」「アンサポーテッド」という言葉を生み、その概念そのものを定義づけた人間でもある。つまり記録を目指してスルーハイクするとき、他人からの助けをどこまで受けていいのか、という基準を考え出したのだ。彼自身はアンサポーテッドが好みで、トレイルが道路にぶつかると、近くの街まで自分の足で歩いて行く。道路部分だけ車に乗ったりはしない。そして、あらかじめ自分で送っておいた食料を受け取るのだ。街のスーパーで買い物をしたり、レストランで食事をしていいかについては今日若干の議論があるが、何カ月分もの食料を背負える人間は存在しない中で、郵便・宅配便だけはOKということにして全て自力で用意するというスタイルを確立したのだ。偉大なる先駆者である彼は、一部のハイカーたちからは神のごとく敬われている。
2013年、スコットは「またスピードレコードに挑戦する」と宣言し、自身14回目のPCTスルーハイク(!!!!!)をスタートさせた。ここ何回かで定着したらしいカナダ国境からメキシコを目指す(サウスバウンド)向きで、もちろん「アンサポーテッド」だった。ネットに顔出ししない彼の動向はつかみづらいが、PCTハイカーたちはウワサで「神」のタイムと位置を共有し、SNSなどで盛り上がった。彼は順調にセクションを進み、中間地点に自己ベストのタイム(たしか31日とちょっと/約2150km)で到達した。ファンのコーフンは絶頂に達し、誰もが記録更新を期待した。
その直後、スコットは体を壊して入院した。 なんちゅうかもう・・・という感じである。幸い、生命に関わるようなことはなかったそうだ。ファンを安心させるためというわけでもないだろうが、彼は2014年にあらためて14回目のPCTスルーハイクをして見せた。このときは記録に挑戦するという宣言はなく、それでも常人よりはるかに早くゴールしたらしい。スコットは先を急ぐばかりでなく、「ここは分かりにくいが水場がある」というようなトレイルの情報をガイドブックにたくさん投稿しているし、出会うと結構気さくに一緒の写真に納まってくれたりするそうだ。アップダウンがATより少なくスピードが出やすいPCTに個人の力で独自の文化をもたらし、それはトレイルの地位向上にもつながっている。愛すべきキャラクターだと思う。

PCTの「ミッドポイント・マーカー」。現在は正確な中間点ではないが、多くのハイカーが行程の目安とする。こちらの面には「CANADA 1325 MILES」とある。








2016年9月12日月曜日

初めてのナイトハイク

2010年、ATを歩いていた時の話。
たしか15時を少し回った頃、自分はトレイルの分かれ目に差し掛かった。右に数百メートル行くとシェルターがあるはずだ。まだ泊まるには早いが、水場がある。ちょっと寄るかな、とそっちへ行ってみた。
シェルターに近づくと、にぎやかというか少し騒々しいくらいの声が聞こえてきた。自分のように長距離歩いて通過中のハイカーではなく、地元の若者が遊びに来ているようだった。だが、聞いたような声が混ざっている。
木々の向こうに人影が見えてきて、思わず声をかけながら踏み込んだ。「なんだ、お前らもう戻ったのか!」
知らない、そして小ざっぱりした格好の若者たちにまぎれて、仲の良いスルーハイカーたちがいたのだ。モーホーク、ホットウイング、ヘミの3人で、ヤツらとは2日前に別れたばかりだった。
アメリカのホテルにはダブルベッド、それもクイーンとかキングサイズのでかいやつを2台入れた部屋が結構あり、4人いるとシェアして安く泊まれる。もちろん、仲良く1台のベッドに2人ずつ寝るのだ。これが定着してきて、ここしばらく我々は4人でまとまってハイクしていた。
が、そのとき彼らは突然トレイルで
「ここから街に降りる」
と言い出したのだった。前日にちょっと道路と交差した時、食料は補給できたのだが、どうもそれでは不満だったらしい。
「街って、この右上の?どうやって戻るんだ?」
と自分は地図を指して聞いた。地形から考えると、それはかなり無理があった。
「街から北に出る道路がある。そこからローカルトレイルを使ってATに戻るさ」
とモーホーク。確かに、地図を見る限りそれは可能だ。だけど・・・
「20マイル以上スキップすることになるぞ」

自分はこの時期、ハイクのスタイルについて少々悩んでいた。せっかくアメリカまで来て、憧れのATを歩いているのだ。こちらとしては、ATを1メートルたりとも飛ばしたくはない。ところが仲の良いハイカーたちはみんな、あっちが面白いとかココは大変だとか言って、平気でルートを変えるのだ。
トレイルを純粋に楽しんでいる奴らを見て、自分の考えがつまらないこだわりに過ぎないのではないかと疑い始めた頃だった。

「街に降りられるんだ。そのくらい良いさ!」
「お前はどうするんだ?」
と、実に楽しそうな顔で言ってくる彼らに心が揺れたが、そこは自分を貫いた。
「なあ、オレは日本からわざわざATを歩きに来たんだ。サイドトレイル(横道)や道路を歩きに来たんじゃあない。食料は十分あるし、このまま進むよ」
そうか、分かるよ、と言うと、モーホークは地面についていたトレッキングポールの先を少し浮かせてこちらに向けた。ん?と思ったが、すぐに察して自分もポールを向け、互いの先端の少し上をガチンと打ち合わせた。拳を打ち合わせる挨拶の代わりだ。こういうノリが合うというか、説明無しでも意図が通じるところが、ヤツらとつるんでいた理由だろう。寂しくなるな、と思いながら自分は一人で先へ進んだのだった。


だから、再会は素直にうれしかった。若者たちにスルーハイクを自慢していたらしい3人に街の様子などを聞き、水を汲みに来ただけのはずがすっかりこっちも休憩モードだ。
ビールいるか、とモーホークが聞くので、もちろんと答えて即座にもらう。ビールは重い。入山したら即消費、が我々の鉄の掟だった。遠慮は無用だ。
「ちょっとキャンプには早いんじゃないか?」
と缶を開けながら確認してみる。一緒に歩きたいから、予定を知りたかったのだ。
「ああ、ちょっと”プラン”があってな」
と、ビールを飲みながらモーホークが言う。
「プラン・・・?」
自分もぐびりと飲む。もう、すぐ歩くつもりはない。
「オレたちこれから少し寝て、そのあとナイトハイクするんだ。一緒に行くか?」

チャンスだ!
自分はナイトハイクをしてみたいとは思っていたものの、外国だし何があるか分からないし、と尻込みしていたのだった。 最高のタイミングだ。
「いいねえ行かせてくれ!言っておくが、オレは夜歩いたことはないんだ。リードしてくれ」
 そうかそうかと3人は盛り上がり、自分も加わってシェルターに泊まる若者たちに「スルーハイクという大冒険」の自慢話をひとしきり聞かせてやった。そしてそのへんの地面にマットを敷いて寝転がり仮眠を取った。起きたのはもう23時近くだ。
 
寝静まったシェルターに気を使い、そろそろ行くかとささやき合って4人は移動した。ATに着いた(自分にとっては「戻った」)ところで改めて荷物を背負いなおし、ヘッドランプをつけた顔を突き合わせた。
「OK。ユー・ガイズ、レディ?」
「ヤー。レッツ・ゴー!」
「ライドオン!」
「ロックンロール!」
威勢よく声をかけあって、まずはタフなホットウイングが先頭を切った。モーホーク、ヘミと続き、初心者の自分はしんがりを務めた。というかついて行くのみだ。

歩き始めてしばらくすると、モーホークが立ち止まった。ヘミはそのまま追い抜き、自分は追いついたところで止まって聞いた。
「どうした?」
「ロックス(石だ)」
と言ってヤツは立ったまま靴を逆さに向け、小石を出す姿勢を取った。暗いから石が落ちたのかは見えなかった。もしかすると、ヤツは遅れがちな初心者に気を使って、ペースを落としてくれたのかもしれない。このあと、前の2人と少し距離が開いたが、自分はモーホークと声を掛け合いながら進んだ。
気がつくと月が出ていた。ちょうどトレイルが東を向いていたので、我々は月に向かって歩くのだ。さやさやと風が梢を揺らす音、遠くから響く鳥の声が、小さいのにやけにくっきりと耳に届く。新鮮な体験だった。
前2人が休憩で座っているところに追いつき、どうする?という話になる。もう真夜中を過ぎていたが、体力的にはまだ行ける、となった。やってみて分かったのだが、自分は目が悪いこともあり、暗い中を歩くと地面に確実に足が下ろせず、少し高い位置から探るような気持ちで踏み下ろすようになる。コレが結構体力を使うし、地面の高さを読み違えるとドスンと足を落とすことになり、あまり長時間歩くと痛めてしまいそうだった。オレは2時くらいまでならいいかな、でも5時までとかは無理だと伝えておく。無理は禁物だ。
スナックと水を補給して再出発。トレイルは茂った森に入り、向きも変わったようで、月は時々見えるくらいになった。
トレイルの分かれ道があった。すぐ近くにシェルターがあるのだ。ヘッドランプで照らすと壁が見える。昼間に寄ったところと違い、こんなにAT本線に近い場合もあるのだ。我々はもっと進むと決めたばかりだったから、全員黙って通り過ぎた。寝ている人もいるかもしれないし、なるべく静かに・・・
と思ったら、突然
「ワワワワワオン!ワンワンワン!ワオオオオーン!」
と犬の鳴き声が響き渡った。思わずビクッとなる。何しろ真夜中だ。とにかく驚いた。
しかし、もっと驚いた人がいたらしい。今度は人間、おそらく男の絶叫が
「ア゛ア゛ア゛ア゛オオオオアアアアーーーーーア!!アアァァアーーーーッ!アアアオア!アアッ!」
ときた。闇を切り裂いて、という表現があるが正にそんな感じ。自分はあれほどの恐怖に満ちた叫びを、どんなサスペンス映画でも聞いたことはない。聞いたこっちの心臓まで止まりそうだった。
我々は思わず一瞬立ち止まり、小声で
「ヤバい、逃げろ!」
と言い合って早足でそこを去った。
歩きながら驚きの動悸が治まってくると、だんだん笑いがこみ上げてきた。見ると、前を行くみんなも明らかに笑ってる。
いい加減進んだところで、トレイル脇に平らな草むらがあった。誰が言うともなく足を投げ出して座り、顔を見合わせてクスクス笑う。そのうち、声を上げて笑ってしまった。
「ヤツは死んだな!」
とホットウイングが言うのでますます笑った。驚かせて本当に申し訳ないと思うけど、そんなつもりはなかったのだ。
トレイルに犬を連れてくるハイカーというのは時々いて、シェルターで休んでいても不思議ではない。クマ避けになる、と他のハイカーから歓迎されることもあるくらいだ。大体、犬は外につながれる。今回は、我々が通ったのに近い側につながれていたのだと思う。
あの男は犬の飼い主なのか、たまたま一緒に泊まったハイカーなのか。いや待てよ、そんなことよりヤツはクマが来たと思ったのか、それともゴーストでも現れたと思ったのか?我々はひとしきり盛り上がった後、仕方なく重くなった腰を上げた。なんだかもう力が抜けちゃったけど、とにかくキャンプできる場所まで進まなければならない。
それから2時間も歩いただろうか。今度はATからは見えないくらい遠い場所に、またシェルターがあった。行ってみると中に何人か寝ている。我々はもう話し合いもせず、再びそこらの地べたにてんでにマットを敷き、寝袋を引っかぶって休んだ。もうフラフラだったから自分はすぐ眠り、目が覚めた時には中に寝ていたハイカーたちは出発した後だったようだ。どう思われたんだろう。

この一件でクソ度胸がつき、その後自分は何度もナイトハイクをすることになる。時には夜の空気をしみじみと味わい、時には距離を稼ぐためだけに無理をして歩き、時にはノリだけで行ったら無意味で疲れるだけの行為だったこともある。ただ、あんなに笑ったのはあの時だけだ。どんなに失敗しても自分がナイトハイクに懲りないのは、最初の体験が大きかったからとつくづく思う。


2016年9月11日日曜日

アメリカ・ロングトレイルにおけるナイトハイクの正当性

2012年夏、カリフォルニア北部にあるLassen Volcanic National Park(ラッセン火山国立公園)は大規模な山火事に見舞われ、公園内に立ち入り禁止区域が設定された。公園を南北に貫くPCTと、いくつものローカルトレイルがハイク禁止となり、それは鎮火後も「燃え残った木が倒れて人を巻き込んだりする危険がある」との理由で1年以上にわたって続けられた。
しかし実は鎮火直後の2012年8月に、立ち入り禁止区域の一部だけがハイクOKとされたことがある。その理由がちょっと面白い。禁止区域はかなり広めに取られており、これはレンジャーも人間だから、歩くのが大変なエリアはその外側をぐるっと車で回り、道路からトレイルに踏み込む部分に立て札やら黄色と黒のテープやらを設置していたからなのだが、「火山公園」らしくその中に岩と砂礫ばかりで樹木なんか全然ない場所も含まれていたのだ。管理の大変さを除けば、鎮火後にそのエリアを閉鎖し続ける理由はない。で、レンジャーたちは"Open for Full Moon"と告知した。つまり満月にあわせて週末だけハイクを許可したのだった。
月を愛でるのか、それとも明るいから夜のハイクを楽しみたいのか。ハイカーや、ハイカーがよく訪れる店の店員などに尋ねてみたが両方だと言う。どうもエリア内にある山の一つは樹木がないから見晴らしがよく、夕日や月を楽しむために登られるらしい。またアメリカ人ハイカーは一般に暑いのが嫌いで、夏場は喜んで夜歩く。それはそれで、一つのレジャーの形らしい。日本では、暗くなってから山道を歩くだけで危険だ無謀だ迷惑だ、と罵られることがある(必ずではないが)ことを考えると、大変な文化の違いがあると思う。いい悪いは別にして、アメリカではナイトハイクは別に珍しくもなんともなく、文化として根付いていると言える。
あくまで個人的な考えだが、ここに日本の山道とアメリカのトレイルの違いがあるように感じる。アメリカでは、山頂に至る小道も山腹を横切るルートもトレイルと呼ばれるが、それぞれが一本の線として捉えられる。だいたい、トレイルに名前があるのが普通だ。だから、日本の山では「(ここは)○○峠」とか「(あっちは)○○岳」というような標識しかないが、アメリカではその他に「(あなたが今歩いているのは)○○トレイル」というような標識があり、さらにそのトレイルを表すサインが道端の木や岩についていたりする。メジャーなトレイルでは、そのサインを辿ればまず迷わない。あのシステムに慣れてしまうと、日本の山道はなんと分かりにくいのかと思ってしまう。何しろ、山道の交差点に差し掛かるたびに地図を出し、こっちは稜線へ向かうがこっちは沢へ下るのだな、などとやるのだ。アメリカなら交差点に何本トレイルがあろうと、使いたいトレイルのサインがある一本を選ぶだけで良い。
だから、暗い中で歩くと、つまづいたり高所から転げ落ちたりする可能性は当然あるわけだが、アメリカのメジャーなロングトレイルでは「道に迷うことが少ない」という点がかなり安全を担保してくれる。危険だからと非難されることもない。暑い時期に涼しい空気の中を歩く、というのも、やってみると実に気持ち良い。一つの文化として自分はちょいちょい楽しんできた。もし「山を夜歩くなんて!」と思う方がいたら、そういう文化的なバックグラウンドの違いがあるということをご理解いただきたい。

2016年6月24日金曜日

SOTO・MUKAとMSRウィスパーライトインターナショナル

昨今、アウトドアで石油ストーブを使うことはめっきり少なくなった。理由は主に、他の燃料が昔より手に入りやすくなったことだろう。流通と情報の問題だ。
逆に言えば、他の燃料が手に入りにくい状況ならまだ石油ストーブの出番があり得るということだ。ちょっとSOTOのMUKAを借りる機会があったので、久しぶりに自分のMSRを引っ張り出してみた。
比較してレビュー、と思ったのだけど点火してすぐにあきらめた。火力が大きすぎる(笑)。特にMUKAは個人で性能をどうこう言えるレベルじゃあない。さすが、新富士"バーナー" の製品。


石油ストーブはいろいろあるけれど、燃料はざっくり言うと灯油系とガソリン系に分かれる。灯油は、厳密には日本の灯油とアメリカのケロシンは違う(工業規格による成分指定の違い)が、ストーブに使う分には問題ない。どこでも手に入ると言っていいし、安い。日本では冬場にはガソリンより2割ほど安く、夏ならさらにその半額くらいになる。

MSRの「ウィスパーライトインターナショナル」は、灯油とガソリンどちらも使えるロングセラー商品だ。名作と言っていいと思う。シンプルな構造で故障が少なく、石油ストーブとしてはかなり軽い。灯油とガソリンの切り替えには、「ジェット」と呼ばれる噴出口のパーツ交換が必要になる。
購入当時、自分は1円でもケチりたくて灯油ばっかり使っていた。しかし、ススがたくさん出てしょうがないのである。ススは手に付き服に付き、それが移って荷物がどんどん黒く汚れ、たぶん食事したりしているうちに顔にも付いたりして、野外で遊んだ帰りに電車に乗ると、後から乗ってきた人が一瞬ぎょっとしてこちらを見ることがあった。米でも炊くならともかく、インスタントを一日3食ストーブで調理しても、ガソリン代は10円くらいしかかからないことに気づいてからは、転向してガソリン一筋を貫いている。
もう一生灯油使いには戻らないと思っていたが、セルフのガススタンドが増え、ガソリンが暴騰したり震災によるガソリン不足があったりして、持参したボトルにガソリンを入れてくれる業者はめっきり少なくなった。近所なら知っているスタンドで問題ないが、もう旅先でガソリンを補充できる自信がない。なにしろこちらは徒歩だから、田舎だとダメならちょっと隣のスタンドまでなんて無理なのだ。こんな時代が来るとは思いもしなかった。もしかすると、いずれ灯油派に戻る日が来るのだろうか。

まあ当面はガソリン、という状況が続いている。アウトドアストーブには「ホワイトガソリン」という 、よりススの出ない(そして高い)燃料も使われるが、そこは旅先での調達を意識して自動車用。伝統的(笑)に、ホワイトと区別して「赤ガス」と呼ぶ。本来、赤ガスというのは鉛を含んだガソリン(もう日本では売ってない)のはずで、つまり無鉛ガソリン(現在手に入る自動車用レギュラーガソリン)は別に赤じゃないと思うのだけれど。
そういえば日本には「白灯油」というややこしい言葉があり、これはかつて「茶灯油」というのがあったのだがもう流通しておらず、だから我々が現在使っている「灯油」は全て白灯油なのだからわざわざ白なんて言わなくてもいいのだが、どうしてもそう言いたいメーカーがいるらしく、アウトドア用品店の燃料コーナーに行くと「ホワイトガソリン」と「白灯油」の缶が並んで売ってたりする。


燃料の話は尽きないが、ともかくウィスパーライトインターナショナル。ちなみに、インターナショナルじゃない「MSR ウィスパーライト」というストーブもあるが、それはホワイトガソリン専用で、自動車用ガソリンを使うとすぐススで目詰まりするそうだ。
ユーザーなら誰もがネタにする、本体とボトルのポンプ部分の接続。先端に”唾液あるいはオイルを塗って”差し込めと説明書に書いてある(笑)。ボトル内の空気をポンプで加圧し、燃料が圧力で押し出されるようにする。
少しだけ燃料を出すと本体下部の小さな皿にたまるので、金属メッシュ(ウィック)を灯芯として点火することができる。このプレヒート(予熱)作業は、ガソリンでもそこそこススが出る。
本体が熱くなると、燃料はライン内でガス(気体)になるので、灯芯がなくても燃えるようになる。ここから上の皿でガスを燃やし調理などに使う。皿の上側のススはほぼ燃えてなくなる。
プレヒートでススがついた本体下部。これを避けるために、アルコールや固形燃料でプレヒートを行うユーザーもいる。ハイカーとしては、別の燃料を持ち歩くのは現実的ではないが・・・
分解したところ。中央右の「ジェット」が目詰まりするのが、ススが出ることの最大の問題点。中央左の「ニードル」は分解清掃に使うが、そもそも普段ジェットの内側に収まっていて、本体をシャカシャカ振ると多少の詰まりは解消できる。

ウィスパーライトインターナショナルは大型の鍋でも安定して載せられるが、逆に小さなカップを載せて一杯分だけお湯を沸かすのは無理だ。ゴトクが広すぎるからで、自分の手持ちだと、250gのOD缶がすっぽり入る鍋でようやくフィットする感じ。暖かい飲み物を野外で作るという行為にはファンが多く、名作ストーブの数少ない残念な点だと思う。


さて、一方のSOTO MUKA。
こちらはガソリン専用。プレヒートが不要、というガソリンストーブとしては驚きの機能を持っている割に、本体は小さく軽い。ウィスパーライトインターナショナル(マイナーチェンジを繰り返しているのでバージョンによってわずかに重量は異なる)とほぼ同じ、本体+ポンプで333g。
燃料のライン接続部が回せるようになっており、折りたたんだサイズはかなり小さくなる。使用時はねじれ防止にもなる機構。
広口ボトル、金属ピストン、緊急消火ボタンにもなるコントロールダイヤル。ダイヤルは最近マイナーチェンジして、大きく平たくなった(写真は新型)。
バルブを開けてから点火すると直後はこう。本当はウィスパーライトインターナショナルもプレヒート火炎がこのくらいになるのだが、自分はもしもの時にテント内で使えるよう、炎を小さくする練習をしている。MUKAでは最初からガス(気体)が出るので、火を近づけた状態でバルブを開くのが正解。片手でバルブを開けねばならないが、ダイヤル式ならさほど難しくはない。
小さなカップも載るゴトク。このカップ(MSR、400ml)は実測で内径7.5cmくらい。大き目のクッカーも安定して載る。

プレヒートがいらない、というのは手間が減ると同時にススが出ないことでもある。革命的だ。
SOTOのガソリンボトルは、まるで最近の飲料用金属ボトルのように口が広い。MSRのストーブは元々、金属ボトルの伝説的名作であるSIGGボトルが使えるように作られている。だがこの世界でも時代は移り、SIGGは燃料用ボトルの製造を止めてしまった(飲料用ボトルはまだ売っている)。新しくボトルを作るなら、あんなに細口にする必要はない・・・と理屈で考えれば分かるが、実際に広口のガソリンボトルを作ったというのはかなり野心的だと思う。もちろん、ガソリンを注ぐのは楽になる。
コントローラーはダイヤル式で、火力の調節もかなり自由。回すだけでなく平らな面を押し込むことで、緊急消火もできる。実は、MSRもかつてはダイヤル式のコントロールバルブを採用していた。個人的には現行MSRのレバー式より、圧倒的にMUKAのダイヤル式の方が使いやすい。ちなみにウィスパーライトインターナショナルはそもそも火力の調整があまりできないから、レバー式でも困りはしない。
アメリカで自分が出会ったガソリンストーブユーザー のほとんどは、クラシックな道具を愛好するタイプだった。彼らが一様に口にしたのが「MSRのポンプはプラスチックのプランジャー(ピストン)を採用したのが気に入らない」ということだった。コレに関してはネットで探すと熱い(がマニア以外にはどうでもいい)議論が交わされているが、とにかくSOTOは金属のピストンを採用。見た目は美しい。耐久性やその他の違いは・・・10年位すればマニアがネットに報告してくれるかも(笑)。ポンピングすると、小さな金属部分が出っ張ってきて圧が十分かどうか分かるようになっているのも便利だ。

このように違いがいくつかあるが、もう一つMUKAには大変な利点があった。
使い終わってコントロールダイヤルを「Air」にすると、燃料ライン内に空気が導入されて、残ったガソリンがボトルに戻るのだ。だから石油ストーブにつき物の、荷物がどんどんガソリン(または灯油)臭くなるということがない。コレはすごいことだと思うのだけれど、なぜかSOTOは公式ウェブサイトにこの機構の説明を載せていない。この一点だけでも他社製品から乗り換える理由になるくらいに、個人的には素晴らしいと思う。


最後に、一般的な故障について考察。ウィスパーライトインターナショナルはポンプをボトルに締め付けるシール、コントロールバルブ根元のOリング、ポンプと燃料ライン接続部のOリング、この3ヵ所が劣化して、燃料漏れ(または空気漏れ)を起こす可能性がある。本体は金属パーツのみでできているので、なんと目詰まりさえ解消し続ければ半永久的に使える。燃料ラインも中をワイヤーが通っていて、外から引っ張って動かすことで詰まりを解消できる。故障の少なさとメンテナンスの容易さこそが「名作」として多くのユーザーに支持されてきた最大の要因だろう。
一方のMUKAは、燃料ラインが本体に接続するヒンジ部分から燃料もれするとの報告がネット上に散見される。ここはOリングが3連で仕込まれていて、普通に使っている分には劣化するまで漏れるとは考えづらいのだけれど、物理的に弱いのだろうか。また、メーカーとしては「ジェネレーター」を定期的に交換するよう推奨している。コレはガソリンが炎の上をまたぐ金属パイプ部分に、噴出口(ここで燃料を「霧化」しているはず)が一体化したパーツ。しかし、5ヵ月にわたって野外でMUKAを使ったヒト(MASAさん)から、そんな話は聞かなかった。かなり長持ちするのは間違いない。

総合的に考えて、今もし誰かに「ガソリンストーブ、どれがオススメ?」と聞かれたら、まずMUKAを選ぶ。自分は今でもウィスパーライトインターナショナルを「楽しむ」ことができるけれど、実用面から考えたらあまり意味はない。現在、ほとんどの石油ストーブはクラシックなギアとして、不便さを味わいながらたまに使うものになりつつある。この時代に実用的なガソリンストーブが発売された(MUKAは2011年発売)だけでなく、ダイヤルが変更されたということはまだ改良もしているわけで、ちょっと抜きん出た製品ではないだろうか。


























2016年3月15日火曜日

15 Choices about Tent/Tarp on CDT(2015) EN


Apache     Handmade SilNyron Tarp(Shaped)
Mehap      Yama Mountain Gear Cirriform single wall tarp
Nomnom   Mountain Laurel Designs Grace Tarp Solo+Serenity Bug Shelter
Grim         Zpacks Hexamid Solo
Guy On a Buffalo  Rayway Tarp+Bathtab(with Bugnet)
Scout       Zpacks Hexamid Duo
Flamingo   Handmade Tarp(Duplex Style)
Whistle      Sea To Summit UltraSil Tarpponcho and Bivysack
Crosby      Tarptent ProTrail
PaPi Chulo    Big Agnes Copper Spur UL2
ED             Big Agnes Copper Spur UL1
Darkness    Big Agnes Fly Creek UL2
Veggie        Big Agnes Fly CreekUL1
Axyl          REI Passage 1 Tent 
Wonderer   Big Agnes Slater UL1+(Cold)/Zpacks Cuben Tarp(Warm)



Whistle was the only Sobo I saw who used TarpPoncho .
Wonderer(Cold Situation)

Wonderer(Warm Situation)
 

2016年3月6日日曜日

アメリカ・ロングトレイルにおけるヒッチハイクの必要性と妥当性


長くなるので、まずはざっくりまとめ。
1、ハイカーは必要に応じ、ヒッチハイクをする。
2、アメリカのほとんどの州で、ヒッチハイクは法律により禁止されている。
3、現代のアメリカには、ヒッチハイクは危険な行為という共通認識が社会全体にある。
4、有名なロングトレイルや国立公園の周辺は、ドライバーがハイカーのニーズを理解しているから乗せてくれるという特殊なエリア。
5、路肩の未舗装部分や駐車場など、ぎりぎり道路ではない場所に立てば法律的にセーフと考えられている。

道路の外に立ちヒッチ。右側通行なので、自分の目的地は画面の右方向。

人間というのは恐ろしいもので、聞いた言葉をアタマの中で書き換えできるようだ。
自分が「ハイク」と言っても 、「ヒッチハイク」にしか聞こえないことがあるらしい。少なくとも知人の何人かは、自分がアメリカをヒッチハイクして回っていると思い込んでしまっている。もちろん、ハイクというのは野外を歩いたりキャンプしたりまた歩いたりという行為で、通りすがりの車に乗せてもらって移動するヒッチハイクとは全く別である。

それだけならまあ害のない勘違いだが、問題は彼らに「アメリカ!ヒッチハイク!!」という先入観があることだ。 そっちに思考が引きずられてしまうのである。実際、何度か困ったことがある。
こちらの話を聞いて「やっぱアメリカって、『ヒッチハイクできる』んですね。『していい』んですね!ああヒッチハイク、いいなあヒッチハイク!!」と目を輝かせるヒトビトが存在するのだ。彼らは『ハイカーが山を歩いていて、必要に応じてヒッチハイクで街に降りる』という説明の、一部分にだけ全力でフォーカスする。そして、アメリカとはそういうものだと思い込む。正確に言うと、彼らはこれまでの人生で聞いたヒッチハイクなんて危ないからダメだとか、法律で禁止だという話に納得できず、言い訳を探しているだけなのだ。
この、ヒッチハイクへの極度の憧れ(または思い込み)は非常に強いらしく、実はリアルなハイカーもよく分からないままコーフンしてやってしまっていたりする。自分はちょいちょい問題点を指摘しているのだが、通じない。この際ちょっと説明したい。だらだらと書いてしまうがお許しいただきたい。

まず、かつてアメリカにおいて、ヒッチハイクが盛んだった時代があったのは間違いない。そして、ヒッチハイカーがドライバーを襲ったり、逆にドライバーがヒッチハイカーを脅してカネを巻き上げたりという犯罪が社会的に問題視されるようになり、ほとんどの州がヒッチハイクを法律で禁止するに至った。

http://www.hitchhiker.50megs.com/custom.html
このサイトはアメリカ各州法の、ヒッチハイクに関する条項をまとめている。個人のサイトだが、いくつかの州について調べてみたところ、まず正確に拾えているようだ。「ほとんどの州で禁止」なのがよくわかる。ただし、情報は最新ではない。
https://www.law.cornell.edu/cfr/text/36/4.31
こちらはコーネル大学ロースクールが運用する法律検索システムで 、CFR(Code of Federal Regulations=米国連邦規則集)のヒッチハイクに関する条項を示したページ。アメリカは国として、特別なエリア以外はヒッチハイクを禁止していることが読み取れる。アメリカは州ごとに独自の法律を持つが、国立公園(National Park)や国有林(National Forest)の区域内では、州法より連邦法が優先される。

これらの法制定は啓蒙というか、一般のヒッチハイクに対するイメージへの影響も大きかった。「犯罪の温床だから禁止されたんだよね」と多くの人が思ったわけだ。だから現在、ヒッチハイクはする側にもされる側にも警戒感がある。自分はヒッチハイクに成功して「実は、ちょっと怖かったんだよね。危ないって言うじゃない?」と言われたことが何度もある。

しかし、そこで問題が生じる。ヒッチハイクはすでに文化として根付いていたし、事情によりどうしてもやらねばならぬケースもある。その一つが、ロングトレイルを歩くハイカーだ。ハイカーは車社会のアメリカにあって歩いて移動し、出発点とは別の街に降りるという特殊な人種なのである。
社会全体としては「山の中で車が壊れたらヒッチするだろ」とかいう心情のほうがクローズアップされたかもしれないが、とにかくアメリカ人たちは現実と法規制の妥協点をなんとか見出そうとした。その結果生まれたのが「交通に関する法律で禁止されているんだから、道路じゃなきゃ違法じゃない」という考え方である。

http://www.bestattorney.com/california-motor-vehicle-code/hitchhiking-21957.html
これはかつて知恵袋サイトで紹介されていた、カリフォルニアにある弁護士事務所のサイト。これによると、道路の外はヒッチが可能で、歩道やハイウエイのレストエリアでも構わないとなっている。歩道に関しては「車が道路に停まらない限り」とある。これは「道路上で車の急停止は危険行為。追突などを招く」という交通全般に通じる法解釈があるからだそうで、逆に言えば歩道で親指を立てた場合、車が道路(走路)上に停止してしまったら、ヒッチハイカーもドライバーも共に罪に問われる可能性があるということだ。
このあたりの法解釈に関しては、ネット上に様々な意見があふれているので、興味のある方はそれぞれ検証していただきたい。個人的には法律関係者が、条件付きにしても「歩道でもOK」と言い切っているのは珍しいと思う。実践する側としては、目の前の警官が弁護士と同じ解釈をするとは限らない、という問題がある。

ここまで来てようやく具体的な話になる。有名なロングトレイルや国立公園には、ハイカーがたくさん訪れる。知らない方のために書いておくと、ハイクはほとんどの国立公園で認められる数少ないアウトドアアクティビティであり、公園内はトレイルだらけだ。というわけで、その周辺住民たちは「ハイカーは数日に一度街に降りて食料の補給、入浴、洗濯などを行う」「だから犯罪ではなく、街とトレイルの行き来が目的」という理解がある。アメリカ社会が持つ「ヒッチハイク=犯罪に巻き込まれる危険性」という認識が、ハイカー相手に限って外れるのがこれらの地域だ。つまり、自然から離れた都市部で親指を立てても、通りすがりの車が停まってくれる可能性は非常に低い。メジャーなロングトレイルの近くでは、むしろヒッチハイクは非常に簡単で、自分は「最初の一台」をヒッチできたことも少なくない。キリスト教社会でもあるアメリカでは、困っている人を助けてやろうという意識がしばしば働くらしい。危険さえなければみんな優しいのだ。
自分はロングトレイルを歩いて、キャンプして、また歩く「ハイカー」。本来「ヒッチハイカー」ではありません。
住民に理解があれば、警官にもハイカーに対する理解がある。だから、ヒッチハイクにはかなり法的にグレーな部分があるが、ハイカーはそういうエリアではよほどの危険行為をしない限り逮捕されないようだ。自分は少々目が悪く、ハイク中はメガネをかけていないので、カリフォルニアでは何度もC.H.P.(カリフォルニアハイウエイパトロール)のパトカーに向かって親指を立ててしまった。一度などはパトカーが停まって、降りてきた警官が「ちゃんと道路の外に立っているか?よし、その路肩(shoulder)はOKだ。道路に出るなよ!」と注意してくれた。これはPCTの近くというのが利いている。全米どこに行っても同じことをして、逮捕なり職務質問なりされないとは限らない。ATを歩いていたときなどは、保安官がパトカーで送ってくれたことすらある。ハイカーは、そしてロングトレイル周辺は特別なのだ。

ここでちょっと、ロングトレイルを歩くハイカー限定のマニアックな話。PCTには「オレゴン州ではヒッチハイクが合法だ」と言い切るハイカーが少なくない。しかし、上記のサイトなどを通じて調べれば分かるが、オレゴンでもヒッチハイクは違法である。なぜこんな勘違いが起こるかというと、PCTで最も読まれていると言われるガイドブック(Yogi's PCT Guidebook※)が「オレゴンにあるクレーター・レイク国立公園は、独自ルールでヒッチハイクを認めていない」と書いてきたからだ。ここから「その国立公園の外なら合法なんだな」という誤解が生まれる。正確には、オレゴンも他のほとんどの州と同じく「道路でのヒッチハイクは違法だが、道路の外に立てばセーフと考えられる」なのだが、クレーター・レイク国立公園ではそれを認めず「道路だろうと路肩だろうと駐車場内であろうとヒッチハイクは禁止」としていることになる。実際、公園内でヒッチハイクを試みたPCTハイカーがレンジャーによって逮捕され、罰金を課されたケースが報告されている。
またワイオミング州は、2013年にヒッチハイクを合法化する法案が通ったという珍しい州だが、ほとんどのCDTハイカーが補給に降りるデュボイズ(Dubois)という町では条例でヒッチハイクが禁止(道路の外でも)と言われている。2015年の時点ですでに逮捕者も出ているとのウワサだったので、自分を含めハイカーたちは街からトレイルに戻る時、ひーひー言いながら1時間ほど道路を歩き、Town Duboisという「ここからデュボイズ」の道路標識を越えたところまで出てヒッチせざるをえなかった。つくづく場所により事情は違うと思う。ロングトレイルを歩くことは、様々な行政区をまたいで移動するということでもある。ハイカーだから許されるに決まってる、と思い込んではいけない。
(※→YogiのPCTガイドブックは、かつてはハイクのノウハウを解説したHandbookと、タウンガイドやトレイル情報を載せたGuidebookの2冊が発行されていたが、現在はこの二つを合わせた合本版が「Yogi's PCT Handbook」として発行されている)

最後に、ヒッチハイクを受け入れてくれる地域においてという前提で、細かいテクニックを解説。まずバックパックやトレッキングポールを見えるようにすることで、こちらはハイカーだとアピールする。そうしないと誰も安心して乗せてくれない。次に道路の外、つまり法律的にセーフな場所を探す。田舎町では、実に頻繁にパトカーが走り回っている。道路の上で親指を立てていると、たとえ見た目がハイカーでも見逃してくれるとは限らない。そして、危険の元となる場所は避ける。交差点の近くに立つとドライバーのよそ見を引き起こすし、カーブの直後などは停まってくれた車に後続が追突しかねない。
それから、車が停まりやすい場所を確保する。山から街に降りたいとき坂道でヒッチに立つことがあるが、上り坂の途中で車を捕まえるのは難しい。ほとんどのドライバーは、勢いをつけて一気に坂を登りきってしまいたいからだ。下り坂でも、スピードが出すぎるところは「うっかり停まると追突される」という意識がドライバーにあるそうで、これもなかなか難しい。だから道路のレーン横に立つ場合はある程度フラットな場所で、ドライバーが「あそこに人が立っているな」と早めに分かるくらいの見通しが必要だ。路肩に車を寄せられる平らなスペースがあるのが理想。駐車場があるなら、道路への出口付近に立つのも有効だ。駐車場から出ようとする車がゆっくり移動して、こちらをよく見てくれる。行き先を書いた紙などを掲げても「道路を走ってると読めないよ」というドライバーは多い。実は、ヒッチハイクに必須と言われる「行き先を書いた紙」は、ATやPCTなどの超有名ロングトレイル沿線では不要なケースが少なくない。地元民はみんな、ハイカーがどこへ行こうとしているか知っているからだ。無いよりはあったほうがいいけれど。
もっと細かい話をすると、真夏のヒッチハイクには飲み物を用意したほうがいいとか、逆に寒い時期はがっつり防寒が必要(ハイカーは歩いている間は体が温まるので、立っているだけの時よりも薄着で移動している)とか、あんまりにも不潔な服装は印象が良くないから避けるとか、ピックアップトラックやRV車はドライバーがアウトドアに理解がある(ハイカーの生態を知っている)から狙い目だとか、上げていけばキリが無い。また自分には分からないが、女性は男性なら絶対停まってもらえないようなバカでかいトラックをヒッチできたりするらしい。しかし、ロングトレイルに関するガイドブックはほとんどヒッチハイクありきで書かれているが、それでも「女性は一人でヒッチしてはいけない」と但し書きするのが通例である。たとえロングトレイル周辺でも、だ。決して安全が保障された行為ではない。
ヒッチハイクはハイクの本質ではないが、ロングトレイルのハイクとヒッチハイクを切り離すのは難しい。それはもう、ハイク文化の一部と言って良い。もしあなたがアメリカでハイクするなら、ぜひ安全性と法的妥当性を考慮した上でヒッチハイクしていただきたい。


暑い日に路肩に立つのは、飲み物ナシではかなりキツい。